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陰を知って嗤う

by 唐草 [2018/09/01]



 先日、ピカソに関するちょっとした文章を読んだ。「ピカソ」という文字を見て、99%以上の人が同じ人物を想像するだろう。もちろんぼくが言いたいのも、みなさんの想像通りの人物である。世界一有名な画家のピカソ、その人である。
 多くの人が、小学生ぐらいの年頃に初めてピカソの絵を目にしていることだろう。特徴的なキュビズムの絵を見て「これのどこがうまいんだ?」とか思うことだろう。人によっては大胆にも「自分でも描けそう」とか思うことさえあるだろう。さらに、そんな絵が数億円で取引されているというのを知って驚きよりも呆れに近い感情を抱くところまでが、ピカソを知る衝撃ではないだろうか?
 ぼくはピカソの絵はあまり好きではないが、美術史で絶対に外すことのできない人物であることに口を挟む気はない。素直に天賦の才を持った画家だと思っている。
 アートを語る際は、技量の話なんて二の次である。ひと目見た瞬間にどれだけ鑑賞者の心を揺さぶれるか。これがアートを測る唯一の尺度だと思う。心の揺さぶり方は、作品によって様々だ。素直に「キレイだ」と感心するものもあれば、それとは正反対で「キモい」と一刀両断されることもあるかもしれない。でも、一瞬でも心が揺さぶれれば、どんな揺れ方であれ作品の力に飲み込まれたことになる。
 ピカソの作品を見て、何も思わず無視することはできるだろうか?キュビズムの作品なら一瞬見ただけでも「何だこれ?」とか思ってしまうことだろう。理解を超えた情報が、頭と心の中に流れ込んで来る。その流れを無視することは容易ではない。そして一度見たら最後だ。もう二度と作品を見たことを忘れることはできない。これこそが、優れたアートの持つ力である。
 ここまでピカソの作品の魅力について書いてきたが、画家自身はどんな人物だったのだろう?ぼくが読んだ文章の印象的なところをひとつ取り出すのであれば、「ただのDV男」の一言で十分かもしれない。多くの結婚をしたことは有名だが、その裏には今で言うDV的なものがあったそうだ。
 その事実を知った時、なんだか嬉しいような気持ちが沸き起こってきた。天才にもクズな面があるということを知って安堵したのだろうか?それともゴシップ誌を目にしたときのように好奇心が刺激されたのだろうか?自分でもよく分からないのだけれども、天才の陰が卑小なものに見えたのが嬉しかったのかもしれない。
 とはいえ、作品の評価に作家の人間性には微塵も影響しない。聖人君子が描こうが、クズが描こうが、同じ作品であれば同じ評価を与えるべきである。だから、陰の面を知ったからと言ってピカソの評価が変わることはないし、変えてはいけない。