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左足の不思議

by 唐草 [2018/12/13]



 ここ最近、ぼくの足元で不思議な事が起こっている。些細なことかもしれないが、目に見えぬ何かがぼくに干渉していると言われたら納得してしまうようなことである。
 気がつくと、いつの間にか左足の靴紐がほどけかかっているのだ。1日に何度もスリッパが脱げないように歩くときのように足先に妙な力を入れている自分に気がつくのである。
 だから何度も何度も靴紐を結び直している。それなにの気がつくと勝手に緩んでいるのだ。結び目のバランスを保ったまま全体的にゆるくなっているので、靴紐を踏んだりして引っ張ってしまった可能性は低い。あくまで自然に緩んだ感じがするのである。
 靴紐を結び直すたびに渾身の力を込めている。うっ血してもやむなしと考えているし、纏足文化について思いを巡らせるほどきつく縛っているつもりである。でも、結び終えた直後のお歳暮のロースハムのような緊張感は長続きしない。どんなに気持ちを引き締めて結んでも、100歩も歩けば虚しくもほどけ始めてしまう。
 靴紐自体が傷んでいてほどけやすくなっているとか、靴の穴に紐を通る順番が間違っているなどの可能性も考慮してみたが、見る限りどこも問題はない。ぼくが蝶結びのやり方を忘れた可能性すら考慮してみたが、右足の靴紐はほどけていないので紐を結ぶことはできているようだ。
 それにしてもなぜ左足だけ緩んでしまうのだろうか?
 もしぼくが物語の主人公ならば、なにか示唆的な比喩の可能性がある。左側が疎かになっている、つまり右傾化しているという比喩として捉えることができる。逆に、左にばかり力を込めているという意味で左傾化している例えとして利用することもできる。比喩の解釈なんてどうにでもなる。残念なことにぼくは物語の登場人物でもないし、靴紐が緩むのはものの例えでなく純然たる事実だ。修辞学的な事を考えても解決にはつながらない。
 もっとフィジカルなことを考える必要があるのだろう。ぼくの利き足は右である。自転車を漕ぎ始める時は右足からだし、靴底の減りも右のほうが早い。どう考えても右足の方が力を込めている。それなのに緩むのは左足である。この不一致が、超常の存在の影を想像してしまうほどにぼくの心を揺さぶる。ぼくの足元ではいったい何が起きているのだろう?