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豆腐と茄子のせめぎあい

by 唐草 [2019/02/07]



 今日は、昼食に麻婆豆腐定食を食べた。それなりに辛い麻婆豆腐だったので基本的には満足している。でも、ぼくは麻婆豆腐にうるさい男だ。個人的な好みを押し付けるのであれば、もう少し辛いほうが良かった。それも唐辛子の舌を刺すような辛さではなく、山椒の鼻に抜けるような辛さが良い。でも、本格的な四川風のように辛いのは勘弁してほしい。粉山椒をあと二振りぐらいしてくれるとぼくの求める味になったのではないだろうか?ちなみにぼくの理想にもっとも近い麻婆豆腐は、成城石井のお惣菜コーナーで売っている品。あれは良い山椒具合である。
 山椒のことを語りたくて麻婆豆腐の話題を持ち出したわけではない。
 ぼくの目の前に出された麻婆豆腐には、カットされた揚げ茄子が3つ載っていた。油を吸った茄子と麻婆の辛いタレの相性は、長年の親友のように息のあったものである。麻婆豆腐+揚茄子というメニューは、期待を裏切らない安心できる旨味のハーモニーを奏でていた。
 美味しかったのだが、ぼくは悩んでいた。目の前に出された料理を麻婆豆腐と呼んで良いのだろうかと。
 麻婆のタレに豆腐が入っているのが麻婆豆腐。麻婆のタレに茄子が入っているのが麻婆茄子である。じゃあ、ぼくが食べた麻婆ソースの中に豆腐と茄子の両方が入っているものは、いったいなんと呼べば良いのだろう?これは難問である。
 定食のおしながきには「麻婆豆腐」と書かれていた。少なくとも厨房はこれを麻婆豆腐と認識しているようだ。確かに皿の中の豆腐とナスの割合を考えると8:2ぐらいで圧倒的に豆腐が優勢である。麻婆豆腐の上に紫色が鮮やかな揚茄子を載せているので茄子のほうが目立っているが、それでも麻婆豆腐なのである。見た目よりも量が優先されると考えてよいのだろう。
 ということは、麻婆豆腐に茄子を1切れずつ入れていくと始めは麻婆豆腐だが、ある瞬間から麻婆茄子に変わるということになる。また、その逆も成り立つ。この定義を調理中だけでなく、食事中にも拡大しても良いのだろうか?もし拡大すると不思議な事が起きてしまう。茄子だけ残して食べていけば「麻婆豆腐を食べていたのに食べ終えたときは麻婆茄子だった」という何を言っているかサッパリ分からないまるで謎掛けのような現象が成立しうることになるのだ。
 皿の上から美味しい麻婆豆腐が消え去っても、ぼくの頭の中には大きな混乱が残されたままだった。