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間違った頂に立つ

by 唐草 [2019/02/10]



 しばらく遊んでいなかったゲームを久々にプレーするとたびたび思うことがある。
 「なんで、このアイテムを使っていなかったんだろう?」という過去の自分への疑問である。
 最近のゲームはアップデートでゲームバランスがガラリと変わることがある。産廃級だったゴミアイテムが更新で一躍脚光を浴びることもあるし、その逆で持っていなければ人権がないとすら言われたアイテムが一夜にしてゴミになることもある。どちらかと言えば、後者が多いような気がする。
 先日、あるゲームでぼくが普段使っていないカテゴリーのレア武器拾った。使っていなかったのは、ぼくのプレースタイルとの相性が悪いと感じていたからだ。初めてゲームで遊んだ時に、どうしても敵との距離感やコンボが理解できなかった。以来、ずーっと使っていなかったし、ぼくの中では存在しないものとして扱ってきた。でも、かなりの上物を拾ってしまったので物は試しにと使ってみた。
 するとどうだ、無茶苦茶使いやすかった。なんで食わず嫌いのように避けてきてしまったのだろうと後悔したほどだった。今までのレギュラー勢を抑えてスタメン入りとなった。
 こんな感じの自分の中の評価が180度ひっくり返るような経験が何度もある。
 深い判断をせずに直感的に選んだものを盲目的に信じ続けているという現象である。なにもゲームに限った話では無い。ぼくの場合だとプログラムを書いているときに出くわすことがある。最初に作ったアルゴリズムがベストだと考えて改造に改造を重ね、コードがジャングルの秘境のように見通せないものになってしまうことがいい例だ。あと最初に選んだライブラリーに固執してしまうことも多い。
 ぼくはこの現象を「間違った頂に立つ」と呼んでいる。
 ある瞬間の判断としては正しいし、それなりに先に進むことができる。展望も開けるし、成果も出る。だからそれに満足して、他の選択肢の有用性や、選択肢自体の存在を見失ってしまう。たとえるならば、高い山の山頂を目指していたはずなのに途中の小さなピークが山頂だと信じて立ち止まってしまうようなものである。
 この状態が厄介なのは、自分の立ち位置が正しく見えてしまって他を探そうとする意識がなくなってしまうこと。他のより良い選択肢が存在しないかを確認するためには、一回ピークを降りなければならい。好き好んでそんな面倒なことはしたくない。現状にあぐらをかいて横着をしてしまうのだ。
 ゲームの場合は、久しぶりに遊ぶことで視点を新たにすることができる。でも、継続している仕事とかだと気が付くことはとても難しい。だって自分の長年のミスを認めなきゃいけないんだもの。そんなことプライドが許せない。