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中国語の部屋

by 唐草 [2019/02/28]



 「中国語の部屋」と呼ばれる思考実験がある。詳しい話はWikipediaに任せるが、これはアラン・チューリングが考案した人工知能判定テストの発展版のようなもの。次のような設定がなされている。
 紙切れを出し入れするための穴しかない小部屋がある。中には中国語を全く知らない英国人が入っている。部屋に中国語の書かれた紙を入れると、中の英国人は部屋の中にあるマニュアルに従って作業を始める。マニュアルには「△〇」と書かれていたら「×□」と紙に書けと指示してあるだけ。文字として処理するのではなく、図形として処理するようなものである。そして処理が終わったら、英国人は図形を書いた紙を穴から外に出す。実は、マニュアルは中国語の会話文集で、指示通りに図形を書くと漢字で応答しているようになる。でも、そのことを中の英国人は知らない。
 しかし、部屋の外にいる中国を書いた人は、部屋の中の人は中国語を理解できると考えることだろう。事実、第三者から見ても筆談が成立しているように見える。
 この状況に対して、英国人は中国語を理解しているといえるのかどうかを考える思考実験である。回答は一つではない。様々な見地からいくつもの考えが示されている。みなさんはどう考えるだろうか?全体像を知っていれば理解していないと言い切れるかもしれないが、ぼくが紙を書いて投げ入れた人だったら楽しく会話を楽しめる知性があると感じているだろう。
 この思考実験は初期のAIブームだった1980年代初頭に考えられたもの。でも、今でも通用する鋭い観点を持っている。
 現在の翻訳AIは、文章の意味なんかは全く理解していない。それどころか、構文も単語の意味さえも理解していない。何十万から何百万という膨大な対訳例文データから、一番それっぽい解答の組み合わせを見つけているだけに過ぎない。でも、利用者はまるで翻訳サイトが文章を理解しているように感じてしまう。
 なんでこんな話を書いたのかというと、ここ数日ぼく自身が「中国語の部屋」の閉じ込められた英国人的な立場に置かれていたからだ。
 ちょっと古いPythonで書かれたChainerを使ったAIプログラムを渡された。このプログラムはPython2環境でChainer ver.1を用意しないと動かない。日進月歩のAI界隈からすると、もはや縄文土器を発掘したのと同じような古さなのである。それを最新の環境で動くようにしてほしいと依頼された。
 ぼくはPythonを書いた経験だってほとんどないし、AI開発は完全に守備範囲外。ぼくからするとソースコードは、分からない言語で書かれた理解できないアルゴリズムなのである。それをChainer ver.1からver.2以降で変更された点一覧を眺めながら1行1行修正していった。何をすればいいのかは分かったが、何をしているのかは最後まで分からないままだった。
 最終的にプログラムは、Python3.7 + Chainer 5.2の今日の時点での最新の環境で動作するようになった。
 外から見れば、ぼくは優秀なAIプログラマーに見えたかもしれない。でも、ここ数日ほど何をしているのか理解できない日々はぼくの人生史上初めてだった。AIとは何かを考える思考実験をAI開発を通して身をもって体験することになるなんて夢にも思わなかった。
 体験を通して学んだのは、「中国語の部屋」の英国人に知性のかけらなんて微塵も必要がないということだ。ぼくの空っぽの頭が何よりの物証である!Q.E.D