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すごさに慣れる

by 唐草 [2019/05/19]



 ふと、古い記憶が蘇った。それも、かなりどうでもいい記憶だ。
 それは20世紀の記憶である。なんて書くと少しはすごそうに感じられるかもしれないが、ようするにぼくが小学生のころの記憶だ。思い出したのは古いテレビ番組。たぶん日テレの夕方のニュース番組だったはずだ。番組の途中の特集コーナーに「町のすごい人特集」みたいな企画があった。
 そのコーナーは、すごい人と言っても世界チャンピオンだとかギネス記録を持っているというような有名な人を紹介するものではなかった。街にいるマネできない技術を持った無名の人々を紹介するコーナーであった。テレビで紹介された人々のことを連想ゲームのように数人思い出したのである。例えば、秤を使わなくてもキッチリ指定の重さのおかずを詰められるお惣菜屋のおばさん。このおばさんは機械のような精緻さだった。大型バスの運転技能コンテストで優勝した運転手は、路上に置かれた卵を2本の後輪の隙間に通す曲芸走行を披露していたはずだ。
 「だから何なんだ」と言われてしまえばそれまでなのだが、素直に感心してしまう人が紹介されていた。今なら、お客さんが動画を撮ってYouTubeに投稿されそうな人々といったところだろう。このコーナーは人気があったのか、不定期ながらもけっこう長く続いていた。
 とは言え、世の中にすごい人なんてたくさんいるものではない。だから、回を追うごとにすごさが少しずつ下がっていったように覚えている。キッチリ重量を量れる系はいろんなジャンルにいることが発覚したし、最後の方は誤差の幅も大きくなっていた。終盤には、とても早く食器を洗える人や両手を使って高速で卵を割れる人とか微妙な感じの人が増えていった。食器を超高速で洗う人の回は、なぜか妙にハッキリ覚えている。「早いだけで、キレイになっていないのでは?」と意地悪な追加調査をしたら、食洗機よりもキレイになっていることが発覚した。逆を言うと業務用食洗器で洗った皿には試薬が反応する汚れが残っていた。番組では食洗器で洗ったあと皿洗い名人が仕上げをしているとフォローしていたが、幼心に嘘だろうと思ったものだ。
 人気コーナーもいつかは終わる。このすごい人紹介コーナーの最終回で紹介された人ってどんな人だったんだろう?たぶん、番組に取り上げられた人の中では一番すごくない人々がそろっていたに違いない。しかも、視聴者もすごい人に慣れてきている。悲しいことに客観的に見れば十分すごい技術を有していたのかもしれないが、慣れと飽きが退屈なものに見せてしまっていただろう。ぼくは、きっと見たであろう最終回のことなんてこれっぽっちも覚えていない。
 なにかをすごいと思わせるには、出し惜しみが大切なんだな。幼き日の取り留めない記憶にそんな教訓を見出した午後であった。