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硬貨2枚を巡る冒険

by 唐草 [2019/06/28]



 職場の食堂は食券制だ。食券販売機の売り切れ設定が間に合わなくて時々買った食券の定食にありつけないこともある。なんとものどかな営業スタイルである。
 今日もいつものように食堂へと向かった。雑用と来客が重なり、食堂にたどり着いたのは営業終了間際だった。この時間帯だと日替わり定食にありつくのは難しいかもしれない。定番メニューであるハヤシライスかラーメンぐらいしか選択肢は残されていないだろう。つまらなそうな顔で食券マシーンを覗き込んだら、ぼくの予想に反して一番高い600円の定食が残っていた。
 600円か。ちょっと高いが、豚の生姜焼き丼は美味しそうだ。今週、すでにラーメンは食べている。200円ケチって退屈な昼食をとるのは有意義とは言えない。ここはプチ贅沢で600円の定食にしよう。たかだか数百円のことなのに発券機の前で真剣に考えてしまった。
 小銭を持っていなかったので、よれた1000円札を機会に滑り込ませた。手慣れた手付きで定食のボタンを押して、食券の発行を見るより前にお釣りのレバーを引いた。すばやくレバーを引けば、全額がお釣りで返ってくるのではないだろうかと心の何処かで考えているからだ。
 ぼくの視線はお釣りが落ちてくるトレイの方へ向いていた。そこには500円玉と100円玉が、1枚ずつ置かれていた。疑問を感じる間もなく4枚の100円玉がジャラジャラと賑やかな音ともに元気よく降ってきた。お釣りトレイには、ぼくが願ったとおり1,000円分の硬貨が並んでいた。あとから落ちてきた硬貨がトレイに当たった音が消える頃には、状況を理解できていた。はじめにあった600円は、ぼくの前に食券を買った人が取り忘れたお釣りである。
 食堂はお昼の営業終了間際なのでほとんどお客はいない。店員も食器洗いに集中していて、ぼくの振る舞いには目も向けていない。この600円をぼくが回収しても誰も気が付かないのではないだろうか?いや、絶対にバレない。
 頭の中で様々な考えが思い浮かぶ。ありがちな演出だと心の中の天使と悪魔が戦っているような状況だ。だが、ぼくの中はもう少しだけ複雑だ。
 「バレないからとれ」
 「600円程度をネコババして喜ぶほどお前のプライドは安いのか?」
 「今日の昼食、実質タダになるぞ」
 「600円のお釣りを忘れるようなヤツなんてリッチなんだから気にするな」
 「パクったら、ここのネタにはできないぞ」
 どれが天使の囁きでどれが悪魔の囁きなのかは、ぼく自身にも分からない。
 最終的にぼくが選んだ行動は、忘れ物として届け出るという道徳の教科書的な行動だった。だって、こんな美味しいネタ、ここの記事にしない手は無いじゃないか。今日の記事の価格は600円である。
 ただ、残されたお釣りが800円だったら、結末は違っていただろう。つまり、ぼくのプライドは798円ぐらいだということだ。