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嵐の前の、その前で

by 唐草 [2019/10/11]



 嵐の前の静けさ。先人たちは抗うことのできない猛威の到来の前に世界を覆う張り詰めた空気をこんな言葉で表した。今日まで受け継がれるこのことわざは、時代を経ても変わることのない人間の心の有り様を余すことなく表現しているのだろう。
 観測史上最大最強の呼び声が高い台風19号が関東に狙いを定めて太平洋洋上を着実に進んでいる。避けることのできない自然の暴力の到来を前に、人々の営みはことわざ通り静けさに包まれているのだろうか?少なくともぼくの目の届く範囲は静けさとは無縁だ。むしろ、いつもより慌ただしく、ザワザワとした落ち着きのない空気が支配している。テレビなどのメディアは、ここが稼ぎどきだと言わんばかりに台風への備えを説いている。度々出てくるスマホの充電の話題に時代を感じられる。駅は、なんとなく人の流れが密に感じられた。運休情報がすでに掲載されているかを横目でチラリと確認している人もいるせいなのだろうか?それとも買いだめをする人で、賑わいをみせているのだろうか?
 本当の静けさが訪れるまでには、まだ時間があるのだろう。明日の午後には、この喧騒が幻だったかのような静けさに包まれているに違いない。今は、嵐の前の静けさのさらに前の騒ぎという感じ。これから緊張を強いられることになるのが分かっているので、反動でハイテンションになっているような状態にすら見える。
 ここ最近、こんなにも台風で大騒ぎした記憶はない。今までは、心のどこかで現代人の力なら自然の猛威すら涼しい顔でやり過ごすことができると信じていた。でも、先月の台風15号の爪痕は、そんな考えは自分の実力を把握できていない弱者の思い上がりでしかなかったことを露呈させた。今のぼくらは電気がなければ何もできないのだ。
 しかし、その感想すらテレビの向こうの話にしか感じられていない。頭では危機の到来を理解して、備える必要があることも分かっているつもりだ。その理解は座学で学んだ歴史の話と同じようなもの。本当のスケールと驚異を身体では理解していない。心の真ん中に、自分は大丈夫だろうという油断とも呼べる気持ちが居座ったままだ。
 仮説を組み上げていくと、このエントリーがこのブログの最終回になる可能性だって大いにある。雨漏りでサーバが壊れるかもしれないという軽度なものから、ぼくが命を落とす重度なものまで様々な推論を考えることができる。そこまで考えたって、リアリティーは感じられていない。いつもどおりの毎日がずっと続くという呑気な確信を覆すことは、今のぼくにはできそ