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ニコラウスに勝つ方法

by 唐草 [2020/01/01]



 親戚から送りつけられた餅をカビる前に消費し尽くすことが、ぼくにとってお正月最大の使命となっている。今っぽく「フードロスへの意識がぼくを駆り立てている」と言うこともできるかもしれない。実のところ、そんな意識の高い発想はまるでない。ただ単にもったいないの精神で餅にかぶり付いているだけだ。
 そんな訳で、1日2食は餅というお正月らしいスペシャルな食生活が続いている。世間にお正月の雰囲気は殆どないが、ぼくの胃袋だけは紅白の飾りで彩られているかのようにお正月な雰囲気で満ちている。すでに連日の炭水化物の暴力に疲弊気味ですらある。
 こんな餅中心の生活に不健康さを感じたぼくは、次の餅に打ち勝つために寒い中散歩へと繰り出した。体を動かして有り余った炭水化物のエネルギーを消費しようという健康的な作戦だ。
 お正月の街は、夕方なのに思っていたよりにぎやかだった。神社には遅い初詣に訪れる人影が続いていたし、富士山が見える道では数家族が列を成していた。また、来客が多いせいか狭い道は路駐の車で溢れていた。こんな具合に活気があったのだが、お正月らしさは皆無だった。
 それは、多くの家が門松などのお正月飾りを飾っていないからだ。今日の風景を切り取って別の日に見たら、とてもお正月とは思えないだろう。
 なぜ、お正月飾りはこうも廃れてしまったのだろう?その一方で、クリスマスは賑わいを見せている。お正月飾りもクリスマス飾りも似たようなものじゃないか。どちらも玄関に植物由来の輪っかを飾ったり、玄関先に針葉樹の枝を飾るイベントだ。それなのにこうも明暗が別れてしまったのはなぜだろう?
 赤い服に身を包んだヒゲジジイが腹を揺すって高笑いしているのが聞こえてきそうである。振り向けば、七福神のすすり泣きが聞こえてくることだろう。
 明暗の差は抽象的な明るの差の話ではなく、目に見える現実的な明るさに起因するのだろうか?つまり、電飾によるものなのだろうか?だったらお正月飾りもピカピカ光らせればいいのか?今なら紅白をLEDで表現することだってできる。エビが輝き、橙が光れば満足なのか?
 なんか違う気がする。
 1回限りのお正月飾りというものが、現代の意識にそぐわない気がする。使い捨てのように感じられてしまう。クリスマスリースみたいに毎年使うことを想定してお気に入りのオーナメントで飾ったお正月飾りがあれば、毎年飾る人も増えるのではないだろうか。
 まぁ、ぼくはクリスマスリースもお正月飾りも飾らないけどね。
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。