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例のマスク

by 唐草 [2020/05/29]



 リビングの片隅で無造作に積み上げられた郵便物。重要なものはすぐに開封されるのでこの山の中には無い。山の地層を成しているのは、どうでもいいDMや宛名すらなくポスティングされた広告ばかりである。山のライフサイクルは短く、資源ごみの日が訪れるごとに小さくカラフルな紙の山は跡形もなく消える。
 開け放した窓からの風が、不規則に積み重なっていた紙の山を崩した。手を伸ばして床に散らばった色とりどりの紙を拾っているときに1つの封筒が目に止まった。
 その封筒は透明で中の白い四角いものが透けてみる。まじまじと確認するまでもなくマスクだと分かった。政府が配布したマスク、俗に言う「アベノマスク」だった。
 まさか本当に家に届くなんて考えてもいなかった。いつから家にあったのだろう?紙ゴミの山に混じっていたことを考えると少なくとも前回の資源ごみの日よりは前だろう。家族に聞いたところ今週の初めぐらいに届いたはずだという話だった。
 ぼくは配布マスクに期待を寄せてはいなかった。平面マスクは、平たい顔のぼくでも強い圧迫感と息苦しさを感じてしまう。立体加工のマスクでなければ身につけたくないと思っていた。また、幸いにもぼくは騒動初期に100枚ぐらいのマスクを確保できたし、在宅勤務が可能だったし、不織布マスクを洗って使いまわしていた。だからマスク不足の騒動には巻き込まれずに済んでいた。
 個人的な好みと、いくつかの幸運が重なった結果、ぼくにとって配布マスクは不要不急のものでしかなかった。
 また、役所仕事はいつだって遅きに失する印象が拭えない。厳格なチェックが有るのかも知れないが、ぼくらは過程を見ずに結果しか見ることができない。だから、いつまでも悪い印象のままである。このマスクも同じ末路をたどるだろうと想像していた。
 そんなぼくからするとマスクの到着は想像以上に早かった。宛名も何もないのでポスティング業者をフル稼働させた成果なのかも知れない。
 きっとこのマスクがぼくの手元に届くまで、現場では様々な困難があったことだろう。でも、その過程は見えないし、推し量ることしかできない。マスクを手にしたぼくの感想は「届くと思っていなかったマスクが届いたが、使う当てもない」という冷めたものだ。捨てはしないが、使いもしないだろう。