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空気椅子

by 唐草 [2020/07/14]



 自宅から1.5kmのところにあるホームセンターへ買い物に行った。徒歩だと遠いが、車を出すほどの距離でもない。自転車で向かうのがベストな距離だ。ぼくが出た時は雨も上がっていた。天が久々に自転車に跨りなさいと言っているようだった。
 1.5kmは通勤で駅に向かう距離の半分。ぼくにとっては半分寝ていても余裕で通過できて、準備運動にもならない距離のはずだった。
 快調に自転車を進めて店へとたどり着いた時、体に異変が起きていた。太ももがプルプルと小刻みに震えている感覚に襲われたのだ。目に見えるほどの震えではないが、筋肉が自分の意に反して動いているようだった。
 この感覚は初めてではない。これは筋肉が限界に近づいていることを告げる生理現象だ。向こう見ずに40km/hぐらいの速度で走ったときや、30kmを超える長いサイクリングを終えたときなんかに感じたことがある。それと同じ筋肉の悲鳴が、たった1.5km走っただけ、それもノンビリと20km/hちょっとのペースで走っただけなのに起きるなんて自分の体のことなのに信じられなかった。
 3月以来、在宅勤務と自粛のせいで自転車から遠ざかっていた。乗る度に筋肉の衰えを感じていたが、ついに一線を超えてしまったようだ。もはや自転車に乗れる体ではない。空気椅子をできることがささやかな自慢だったが、もはやただの椅子から立ち上がる筋肉さえ不足し始めているだろう。
 帰路はヘロヘロで、脚のすべての筋肉が悲鳴を上げていた。そんなとき、道路の向かい側に立っていた中学生2人がこちらを見ていた。なぜか完全に目が合った。するとそのうちのひとりが、ゴルフボールより大きな石をアンダースローで投げてきた。おいおい、いたずらにしちゃ度を超えていないか?
 投げる動作を見て急加速したので事なきを得た。少し走って振り返るとまた石を拾っていた。アイツら何度も投げる気だ。そう気がついた時、ぼくの頭の中で何かが弾けた。少し先にある駐車場に飛び込みぐるりと向きを変えると、年甲斐もなく中学生らに向かってチャリで突進していった。
 いたずらしたオッサンが激烈に向かってくるのを見た彼らは、「石のことなんて知らないよ」という素振りでその場を離れ始めた。
 ここで叱るのが大人なのかもしれないが、中学生男子を止めたければ叱るよりおもちゃを取り上げるほうが早い。だから、ぼくは彼らのそばに自転車を止めると足元に落ちていた大きな石を取り上げ、隣の雑木林の奥へと投げ込んでやった。あっけにとられた彼らの顔を横目にぼくは無言で去っていった。
 脚がプルプルしているとか言っていたのに中学生の振る舞いを見たら体が猛烈に動いた。ぼくに足りなかったのはアドレナリンなのかもしれない。