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把握しきれない

by 唐草 [2020/09/11]



 ぼくのゲーム初体験はファミコン。年齢がバレるが、見方を変えれば家庭用ゲームの変遷を知る歴戦のゲーマーとも言える。あえて「家庭用」と付けたのは、インベーダーとかPONGとかのゲーム古代史を知る人への配慮である(敬意ではない)。
 ぼくと同世代にもレトロゲーム好きは多いし、「昔のゲームのほうが面白かった」と口にする人もいる。限られたリソースを想像力で補って遊ぶのはたしかに楽しかった。ファミコンのゲームだってぼくの頭の中では、薄っぺらい紙芝居ではなく、立体のキャラクターが駆け回っていた。
 古いゲームに懐かしい記憶がたくさんある。それでもぼくは、昔のゲームのほうが面白かったとは思わない。もちろん今のゲームにもプレーするのが苦痛なほどのクソゲーだってあるし、逆に時代を超えて楽しまれているレトロゲームだってある。それでも平均点は今のほうがはるかに高い。人気シリーズの続編やリメイクが多いこと以外に文句はない。
 この先もゲームはどんどん進化していくだろう。きっと今日のゲームより明日のゲームのほうが面白いはず。レトロゲームを懐かしんでいる暇なんて無い。ぼくは1日でも未来のゲームで遊ぶことを楽しみにしている。
 未来志向のぼくでも、1つだけ最近のゲームに対して残念に感じていることがある。しかも、ゲームの進化に連れこの残念感は大きくなる。
 今のゲームはスケールが大きくなりすぎて全容を把握しきれなくなっている。このことが残念なのだ。
 ファミコン時代、隠しアイテムや裏技は小学生の小さなネットワークでも共有されていた。スーファミ時代は攻略本があればどうにか全容を把握できた。プレステ時代もどうにか攻略本で事足りたが、裏技なんかはネットがないと把握できなくなってきた。PS2以降、攻略本は辞書のように厚くなってきたし、攻略サイトも個人サイトから大勢で書くWikiのようなスタイルに変化していった。
 ゲーム内の情報量が指数関数的に増加している。今のゲームは開発者でさえ全容を把握できていないだろう。遊ぶ側なんて半分も体験できていないだろう。
 ボリューム満点なのは嬉しいが、どんなに頑張っても個人の力では全容を把握しきれないもどかしさが募る。