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1997年には戻れない

by 唐草 [2020/11/28]



 先週からプレーを始めた1997年発売の初代『Fallout』。今となってはレトロゲームに区分されてもおかしくない古いゲームで遊び始めたのは、Falloutシリーズを制覇したいというオタク的野心からである。
 斜め上から見下ろした視点で描かれるゲーム画面は日本のゲームではあまり見ないスタイルで、クォータービューと呼ばれていた。当時はまだ海外ゲームを「洋ゲー」と呼んで珍しがっていたので、クォータービューは洋ゲーの象徴のような印象があった。
 実際にゲームを始めてみると懐かしいゲーム画面が記憶の呼び水になったようで、これまでに遊んできた懐かしいゲームの思い出がいくつも蘇ってきた。
 凶悪過ぎる敵の強さやヒントの少なさといった理不尽とも思える難しさに振り回されたことは数え切れないほどある。その一方で困難を打ち破った(たとえそれが攻略本や攻略サイトを参考にしていたとしても)ときの満足感は、今でもぼくの中に深く刻まれている。裏技を試したり、チートを使ったり、怪しげなパッチを当ててみたりとズルいこともたくさんした。
 そんな懐かしい記憶を振り返っていると、ぼくのゲームの原風景は懐かしい2Dのゲームにあることが鮮明になっていった。ドラクエやマリオ、ゼルダなんかが土台を作り、ときに背伸びをして海外のゲームに手を出したりしていた。そんな経験を積み重ねた先にあるのが今のぼくだ。
 2020年に1997年のPCゲームで遊ぶのは、自分のゲーム体験の原点回帰とも呼べる行為かもしれない。古いゲームで遊ぶことでゲームの進化を理解するだけでなく、ぼく自信の変化にも気がつけるかもしれない。先週、ゲームを開始したときにこんなことを考えていた。
 あれから1週間が経過した。ぼくはゲームを通して自分の中に何を見つけたのだろうか?
 ぼくがたどり着いたのは、たったひとつの結論である。
 今、初代『Fallout』で遊ぶのは苦痛でしか無いということだ。テンポは悪いし、説明不足で意味不明な箇所だらけだし、なにより単調だ。プレーしようという意欲すらわかない。実は、先週から1度も起動すらしていない。
 快適さや華やかさを知ってしまうと、もう後戻りはできないようだ。今のゲームエンジンでリメイクしてくれないかな。