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降雪に顔をしかめる

by 唐草 [2021/01/12]



 小学生低学年だった頃は、親はすごい存在に見えた。いろいろなことを知っているし、力もあるし、風邪をひくことも少ない。きっと考えていることだって子供の自分とはぜんぜん違うのだろうと想像していた。そして自分も大人になれば、そういうすごい存在になれると信じていた。
 だが、実際はどうだろう?
 それから四半世紀以上が経過して、ぼくも当時の親の年齢とほぼ同じになった。大人への憧れを抱いていた幼い日の自分に今のぼくの姿と頭の中身を見せたらどう思うだろう?確かに知識は莫大に増えたし、体も大きくなったし、それなりに健康だ。見た目も大人っぽい。では、中身はどうだろう?
 お金にガメつくなった以外は、基本的に何も変わっていない。常に遊びたいと考えているし、甘いものは大好きなまま。猫さえいれば十分だし、未だに自分のことを人形の猫だと思っている。自動車や飛行機、ロボットなどのメカを見れば相変わらず目を輝かせている。多くの先人達が「成人男性なんてものは体のデカイ12歳児」と言っているが、まさにその通りだ。知識が増えて頭でっかちにはなっただけで、原理原則と趣味趣向は12際の頃から何も変わっていない。
 こんなぼくが、急に物語に描かれる灰色の賢人のような落ち着きと思慮深さ、そして自己犠牲の精神を身につけるとは思えない。なにかが変わるとしたら、さらに頭が固くなるぐらいだろう。きっとジジイになっても、常に遊びたいと考えていて、メカに目を輝かせ、猫と触れ合っているはず。
 とは言え、純粋な12歳男子ではなくなってしまったのも事実。
 いつの頃からだろう、降雪の天気予報を聞いて胸をときめかせなくなってしまったのは?
 本当の12歳だった頃、関東に住むぼくにとって降雪の予報は天からの贈り物のように感じられた。朝、目が覚めて窓から差し込む光が白く輝いていたら寒さなんて気にならなかった。むしろ普段どおりの風景が広がっていたらがっかりしたものだ。
 今じゃその逆だ。降雪の予報を聞くと空を覆う曇天のような気分になるし、目覚めて普段どおりの景色を目にすると安堵する。大人になるってこういうことなのかもしれない。つまらないね。