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健康ゆえの疑惑

by 唐草 [2021/02/19]



 体温計を5分かかる古風な水銀式から20秒で計れる現代的なものへと買い替えた効果は絶大だ。買い替えて以来、職場から要請されている平日の体温確認を忘れたことはない。今や毎日の体温測定は、インスタントコーヒーをいれるのと同じ朝のルーティーンとなっている。
 カップラーメンの待ち時間より長い5分というのは、何もしないでじっとしているには長すぎる。だから以前は事あるごとに測定を先送りにして、結局忘れてしまうという負のサイクルに陥っていた。退屈な時間に意志だけで立ち向かうことはできないという証拠だとも言える。
 購入したてのころは、新しい体温計の扱いに苦慮していた。着込みすぎていたり、ストーブの近くで測定してしまって本来より高い数字を記録してしまったこともあった。初期化中にセンサーに触ってしまったり、脇に正しく挟めていなかったせいでエラーになったこともあった。そういう小さな失敗を重ねて徐々に安定した使い方を体得していった。
 その結果、ぼくは体温計に不信感を抱くようになってしまった。
 それは毎朝決まって36.5℃という測定結果しか示してくれないからだ。
 水銀計は物理現象を利用したアナログ表示なので0.1℃以下の変化も読み取れた。四捨五入すれば同じ36.5℃だとしても、ちょっと高めの日もあれば逆に低めの日もあった。その揺らぎに人体の小さな変化みないなものを感じ取っていた。
 でも、デジタル表示だとそういう揺らぎは一切ない。スッキリ目覚めた朝も頭が痛い朝もぼくのイメージと違ってどちらも36.5℃。これはぼくの体調が安定して健康な証拠に他ならない。それは分かっているのだけれども、揺らぎのないデジタル表示を毎日見ていると「本当に体温を計っているのだろうか?」という疑いが生まれてくる。愚かなことに自分の曖昧な感覚だけを信じてデジタル機器に疑いの目を向けてしまう。
 幸いなことに週に1回ぐらいは、36.6℃と表示される日もある。だから、ギリギリのところでぼくは新しい体温計を信じていられる。