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なんで片側を空けるのか?

by 唐草 [2018/12/30]



 今日は一般的に忘年会と言われる類の食事会に参加してきた。だが、その実態はコミケ戦士の戦利品自慢を聞かされる会だったとも言える。ちなみにぼくは自慢を聞かされる側だ。
 ダラダラと無為な会話に花を咲かせた有意義な時間は4時間以上に渡って続いた。そんな楽しい会も終わりを迎えた。年の瀬の凍てつくような寒空の下、ぼくらは解散した。
 帰路についたぼくは、年末のせいか普段よりも人の少ない東京駅で中央線に乗り換えようとしていた。東京駅の中央線ホームは最上階にある。階段ではとてもホームにたどり着ける気がしない程の高さである。今日のように飲んだあとなんかは、エスカレーターなしでは電車に乗ることすらかなわないだろう。
 長い長いエスカレーター揺られボーっとしているとついつい後ろが気になってしまう。でも、絶対に振り返ってはダメだ。高さを理解して足がすくんでしまう。臆病だからゆえに恐怖を意識してしまうのだ。
 そうならないようにぼくは別のことを考えていた。
 今、この場所で考えるのにもっともふさわしい話題だったと自負している。それは、ここのところ議論となっているエスカレーターの片側空け問題についてである。
 ついこの前までのマナーでは、急ぐ人のために片側を空けるのが常識だった。エスカレーターを駆け上がったとしても短縮できる時間は10秒ぐらいだろう。普段だったら気にもとめない僅かな時間だが、急かされている朝の通勤時には大きな時間と言える。時に追われる現代人のためのマナーだったのだろう。
 でも風向きが変わって、利便性より安全性を追い求めるようになってきた。その結果が片側空け廃止を目指す意識改革のスタートである。その変化は論理的に正しいと言える。理性的に考えればもっとも妥当な判断だということはすぐに分かる。でも、どうにも感情的に受け入れがたいとも感じている。
 何がイヤなんだろう?
 東京駅の長いエスカレーターでぼくがたどり着いた結論はこうだ。
 自分の隣に知らない人が立っているのがイヤだから。たったこれだけの理由である。
 エスカレーターは、空いていればどの段で立ち止まっても構わない。そんな状況で自分の横に誰かが立ったらどう思うだろうか?きっと「なぜ自分の立つ段を選んだんだろうか?」と疑問が沸き起こるだろう。仮に相手が何も考えていなくても、深読みしてアレコレ考えてしまうに違いない。
 この心理は、男子トイレの小便器選択のときと似ているような気がする。1つ開けるのが男子トイレの暗黙のマナーである。複数の場所を選択可能な状況のとき、人は自分の隣を選ばないで欲しいと願っているのだ。
 こんな心理があるからエスカレーターの片側を上げるのがマナーとして定着してしまったのではなかろうか?