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何食べたい?

by 唐草 [2018/08/18]



 数年ぶりに会う知人らと食事をしているときにある話題になった。それは「もし、明日死ぬとしたら何を食べたいか?」という話題だった。初対面の人もいたので、こういう話題は盛り上がる。
 この手の話題は、その人の人となりや価値観を簡単に知ることができる話題だ。若いうちは「好きな異性のタイプは?」とかそういう話題でキャッキャと騒ぐほうが楽しいかもしれないが、歳を重ねていくとちょっと志向が変わってくるのかもしれない。相手の秘密を探ってやろいというギラギラした好奇心は薄れて、代わりに自分の主義主張をする方が楽しくなってくるのかもしれない。
 ぼくとしても好みの異性のタイプを聞かれるより、食べたいものを聞かれる方が楽だと思っていた。
 宴席に集った面々が、順番に食べたいものを述べていく。即答で断言する人もいれば、いくつかの候補を上げて迷いながらも答を決めていく人もいる。高級食材を上げる人もいれば、身近なメニューをピックアップする人もいる。蕎麦、蟹、ハンバーグ。様々な答が出るたびに、その人の嗜好が垣間見えた。
 さて、人の答にワイワイ騒いでいるうちにぼくの番がやってきた。他の人が答えているのを聞きながらぼくも自分が何を食べたいのか考えていた。
 そもそも明日死ぬのがわかっている状況とはどんな状況だろう?
 死刑執行が一番確実に自分の死期を確定できる状況かもしれない。でも、その仮定は今のぼくとは掛け離れすぎている。ちょっと想像の土台とするには、適切でないように思えた。今のぼくのままで自分の終わりを想像するには、どういう仮定をするべきだろうか? 結局、ぼくは死刑執行より突拍子もない仮定を据えた。それは、巨大隕石が明日地球に衝突することが確実だというパニックSF映画のようなシチュエーションである。その仮定ならば、ぼくは隕石落下のよく見える海辺へ出ているはずだ。
 さあ、そこで何を食べよう?
 考えてもこれといった決定打が何も思い浮かばない。選択肢が多くて選べないのではない。頭の中は、ほぼ白紙である。一瞬メロンパンなどの菓子パンが思い浮かぶが、世界の終焉をジャンクな菓子パンとともに迎えたいとは思えない。だからと言って、ステーキとか寿司とかの高級料理を食べたいわけではない。というか、隕石がやってきている仮定なので、ぼくの周りにはシェフも板前もいない。
 結局、ぼくは答を見つけられなかった。食に対して、強いこだわりのない自分が浮き彫りになっただけである。
 もし、隕石落下を見物しているぼくの側に世界各国のシェフが一同に会していたとするならば、まだ食べたことのない見知らぬ料理を振る舞ってほしい。たとえ、ぼくの口に合わなくても構わない。胃袋よりも好奇心を満たせれば、ぼくは十分に満足できる。それが、ぼくの消えさる10分前だとしても。
 和風の小料理屋っぽい居酒屋でメニューに乗っていない料理で大騒ぎするぼくら5人。カウンターの奥の厨房でこちらを見ながらも寡黙に腕を振るう大将は、どんな気分でぼくらの話を聞いていたのだろうか?それを考えるとちょっと申し訳ない。「最後も、この店に来たいね」とか空気を読んだ発言をすらりと言える大人になりたい。
 なお、食べ物しばりを解いて良いというのであればコーヒーを飲みながら隕石の落下を見届けたい。ミルクと砂糖をたっぷりいいれたコーヒーでね。