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剃刀で寝る

by 唐草 [2021/04/19]



 先日、髪を切った。新年度の授業に合わせた散髪だったので、パワポ作成なんかと同じ授業準備の一環といえる。
 ぼくの散髪時間は、決まって平日の15時頃。この時間だとまっとうな社会人は仕事中だし、なぜか老人とぶつかることもない。予約は確実に取れるし、予約せずにフラッと寄っても待ち時間無しで対応してもらえる。理髪店の方は、ぼくのことを平日のスキマ時間を狙って来る無職っぽい客として認識していることだろう。
 行きつけの店なので「いつもどおりに」と言っても切ってくれる。それでも「どうしますか?」と聞かれるし、ぼくも毎回「眉毛が出るぐらいの長さで」とか具体性に乏しいオーダーをしている。その後は流れ作業のようなもの。少し切ると前髪の長さを聞かれるので「もう少し短く」と確認を兼ねた注文を出す。後ろの長さは一発OKが決まり。注文というよりも一連の手続きのような最小限のやり取りで、ハサミはリズムを刻みぼくの髪は短く整っていく。
 美容院と理髪店の一番の違いは剃刀の有無だろう。髭を剃ってもらえるというその一点だけでぼくは理髪店を選んでいる。髪を切られるのはあまり好きではないので、プロの髭剃りを期待して店に行っているようなもの。よく研がれた剃刀の不思議とマイルドな肌触りが昔から好きだった。髭を剃るついでに眉毛を整えてくれるし、ぼくにとってはささやかなエステと言える。
 その日もカットが終わるといつものように髭剃りへと進んだ。椅子が倒され、顔に蒸しタオルを置かれるまでは、いつもと一緒だった。
 ところが、次の瞬間すべてが終わっていた。正直言って、一瞬何が起きたのか全然分からなかった。でも、鏡の向こうのぼくの顔がきれいになっているので髭を剃ってもらったのは間違いないようだ。
 どうも顔に蒸しタオルを置かれた瞬間に眠ってしまったようだ。顔を触られた記憶がまるでない。音だけはなんとなく聞こえているうたた寝レベルじゃなくて、完全な熟睡だったようだ。蒸しタオルに睡眠薬が盛られていたとしか思えないほどだ。きっといびきをかいていたに違いない。
 鋭利な剃刀を顔に当てられているのに熟睡しているって状況は、客観的に見るとちょっと怖い。