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鳴き声だけが

by 唐草 [2022/06/10]



 散歩中、うっそうと木の茂る公園の横でぼくの足は止まった。頭の上から耳馴染みのない鳥の声が聞こえてきたからだ。
 その鳴き声は、澄んでいてとても大きく聞き惚れてしまうような上品さがあった。普段聞くヒヨドリやシジュウカラの鳴き声が耳障りな素人のカラオケだとすれば、その聞き慣れぬ声はアカペラで歌うプロのよう。目を閉じれば自分が立っているのが住宅街の一角ではなく、山中に分け入ったかのような気分になる現実離れした趣のある鳴き声だ。
 美しい声の主を見極めようと声のする方に目を向けるも、絡まり合う枝と生い茂った若い葉しか見えない。どんなに目を凝らしても野鳥観察素人のぼくには、鳥の影すら見つけられなかった。ただ、声だけが響いている。
 あの鳥はいったい何だったんだろう?姿が見えないこともあって余計に正体が気になってしまう。
 家に帰ってからネットの野鳥図鑑を検索してみた。紙の図鑑と違ってオンラインの図鑑には、動画や鳴き声の音声が掲載されている。これなら名前も姿も知らない鳥だって見つけられるだろう。
 季節を「春と夏」、時間を「日中」、場所を「住宅街と森林」に設定して検索。表示された鳥の鳴き声をひとつひとつ確認していった。本物の鳴き声を録音しているので再生するたびに猫がソワソワ反応するのが面白い。
 だが、「これだ!」と自信を持って断言できる鳥は見つからなかった。
 ぼくの聞いた鳴き声が掲載されていなかった訳ではないと思う。そんなレアな鳥に出会ったとは思えない。鳥の鳴き方には地域差や個体差がある。近所のウグイスは一般的な「ホーホケキョ」ではなく「ホーホケキキョ」という感じで鳴く。鳥は機械じゃないんだから、ぼくが聞いた声と全く同じものがネットに掲載されている訳もない。似たものを探せばいいんだろうけど、それが想像以上に難しい。
 「あれでもない、これでもない」とさえずりを聞きまくっている内に自分が聞いた声がわからなくなってきてしまった。なんだかどれも似ているし、どれも違うように思えてきた。聞けば聞くほど、全然聞き分けられなくなっていく。