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異世界へGO

by 唐草 [2022/08/27]



 昨日、一昨日と「パンを咥えた遅刻しそうな女子高生が、曲がり角で男子にぶつかる」というシチュエーションに原典と呼ぶべきオリジナルがないという説からスタートして、インターネット時代の知のありかたについて書いてきた。
 ぼくらは毎日ネットを通じて数千万人が発信する莫大な情報の一部をすくい取っている。自分のことのように同意できる意見もあれば、根本的な価値観の相違に戸惑うこともある。自分からは逆立ちしても出ないような発想に驚くこともあれば、何年も前から繰り返される議論を今日初めて発見したように騒ぐ人の姿に呆れることもある。
 「パンを咥えた遅刻しそうな女子高生が、曲がり角で男子にぶつかる」マンガのオリジナルはないし、マンデラ元大統領は2013年に亡くなっているし、大田区は大田区で太田区ではない。
 ネットに流れる何テラバイトもの真偽不詳な情報に触れているうちに、どれが真実で、どれが虚偽かが分からなくなってきた。そういうことを繰り返しているうちに、自己のありようも分からなくなってきてしまった。足元のおぼつかない泥沼になんとか立っているような状況だ。
 こう書くとかなり哲学にも似た自己認識や自己認知の話をしたいようにも聞こえるかもしれない。ところが、一連の話題はインターネットらしい実にくだらないことに端を発している。
 今、巷で流行っている異世界転生ものってトラックに撥ねられるという展開が定番。これはお約束のように使われている。
 それは知っているけれど、ぼくはラノベにもアニメにも縁遠いので実際に読んだことも見たこともない。無論、トラックに撥ねられたこともない。すべては伝聞だ。それなのに、さも自分の知識のように語り振る舞おうとする自分に違和感を覚えた。これが、そもそものきっかけだ。
 この気付きだって、これまで幾度となく繰り返されてきた議論の1つだろう。
 自分は客観的で冷静な側だと信じていたけれどそんなことはなかった。これまで呆れて見下していた「前から繰り返される議論を今日初めて発見したように騒ぐ人」の一人でしかなかった。恥ずかしい。トラックに撥ねられ異世界へ逃げ込みたい。