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押印のプロ

by 唐草 [2024/03/28]



 大きな組織との契約は面倒が多い。秘密保持契約に始まり様々なものに印鑑を押す必要があるからだ。ぼくは毎月請求書を送りつけるだけで済むザックリとした契約が好きなのだが、そんなワガママは聞いてはくれない。
 今日は、そんな面倒を処理する日だった。1年で終了するはずだったのに意図せず再契約というグダグダな契約でも契約書への押印は避けられない。業務形態はフルリモートなので、出向するのは判を押す今日だけ。従来の慣習と新しい働き方がバチバチと音を立ててぶつかっている。
 契約先に着くと小さな部屋に通され双方が保持する2通の契約書に押印せよと迫られた。これだけ見ると悪徳商法にハメられているようにも見える。でも、心配はない。契約書の内容は事前に双方で合意したもの。
 とは言え、一応目を通すのが筋だ。
 押印を求める圧を払い除け「甲がどうした」「乙がどうした」と書かれた退屈な文章に目を通す。読んでいるフリではなく、数字と準拠する社内規定の発効日をきちんと確認する。「実は昨日規約が変わって今日から奴隷契約だ!」みたいなことを避けるための最低限の確認である。
 契約書の中身は合意したものに相違なかったので契約締結を示すために押印を決めた。そして、鞄から割印にも対応できる仕事用の大きな印鑑を取り出した。
 そして、判を押そうとして手が止まった。
 先方は、なにも用意してくれていなかった。朱肉もない、押印台もない。机の上にあるのは2部の契約書だけだった。事務室脇の部屋に呼び出したんだから、せめて押印を円滑に進めるための道具ぐらい用意しておいてほしいものだ。
 と思うも、そんな状況は想定内。
 有能な執事が「こんなこともあろうかと用意しておきました」と脇から何かをそっと差し出してくれたかのように、ぼくの手元には朱肉と押印台と乾く前の判が写るのを防ぐための小さな紙が揃っていた。準備万端だ。
 判を押す覚悟を決めるというのは、どんな状況でも判を押せる準備を整えるのと同義だ。一方的に押印できる環境ぐらい揃えてその場に臨むのは当然。一切の抜かりはない。
 ぼくのことは押印のプロと呼んでくれ。