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シャーロック・ホームズの悲しみ

by 唐草 [2018/11/29]



 名探偵シャーロック・ホームズの推理力を支えているのは、なんと言っても圧倒的な洞察力である。服装、振る舞い、癖、視線の動きといった基本的なことから靴のすり減り具合、手の傷、言葉のアクセントのような細かいことまでを瞬時に見抜いて相手をプロファイリングする。やっていることはとても単純であるが、真似をしようと思ってもそう簡単にできることではない。細かなことをつぶさに観察できる鋭い洞察力と観察で得られた情報を読み解く膨大な知識が必要となる。まさに才能と経験によって支えられている技術である。
 フィクションの中で描かれる天才像はたくさんあるけれど、ホームズの姿は凡人にも納得のできる天才像に思える。だから、古今東西多くのファンを生み続けているのだろう。
 とは言え、この洞察眼を向けられる方はたまったものではないだろう。映像化されたホームズ作品を見ているとホームズは大抵の場合イヤなヤツにしか見えない。隣人がこんな洞察力を持っていて、いつも一方的にプロファイリングをしてドヤ顔を決めていたら相当イラッとくるに違いない。
 そうだと分かっていても、心のどこかでシャーロック・ホームズに憧れている部分がある。ひけらかしはしないけれども、相手の些細な動きから人となりや経済状況なんかを読み解いてみたくなってしまうものだ。
 ただ、現実はそう易しくない。何よりホームズの舞台であるヴィクトリア時代と比べると現代は多様化しすぎている。富豪だからといって豪奢な服を着ているわけでもないし、高いお金で古着を買う人もいる。老若男女皆スマホを片手に街を忙しそうに動き回っている。隙間産業が大きく発展して聞いたこともないような職業も増えていることだろう。こんな状況では、右足ばかり減った靴を履いている人を見ても職業を断定することはできない。精度の高いプロファイルを完成させるためには、もっと多くの情報が必要である。
 でも、だからといって観察だけでは正解に至れないという訳ではない。
 何度も観察して、言葉を交わし、時にカマをかけるような質問をしていいのであれば正解にたどり着くことはできる。
 もう数ヶ月前になるが、知り合いと話している時に引っかかる言葉が部分があった。具体的になんと言ったかは覚えていないのだが、ぼくの知っている情報と小さな齟齬があるような表現だった。イヤな予感のする齟齬である。違和感の正体を確かめようと、ちょっとだけホームズの真似をしてみた。もちろんドヤ顔はしていない。
 ぼくの明晰な頭脳が導き出した答は、とても暗い内容だった。認めたくはないがその暗い答には自信があった。同時にこれ以上の探求は無意味だとも感じていた。
 でも、たぶんこれは絶対に間違っていない。悲しいけれど、今でもその自信は揺らいでいない。