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試験の記憶

by 唐草 [2022/08/02]



 いつもはスマホをいじっている大学生たちが、真剣な表情でノートや教科書を睨んでいる。大学生は今頃が試験期間なのだろう。
 ぼくは大学で授業を受け持っているが、試験スケジュールは全然把握していない。担当している科目が演習なので試験がないからだ。ぼくは授業が終わるとすぐに休みが始まるような開放感に包まれる。学生も同じかと思ったが、そうでは無いようだ。学生より教員側のほうがお気楽なのかもしれない。
 試験が近づくと急に慌てふためく様子は、今も昔も変わらない。遠い昔、ぼくが大学生だった頃もきっと同じだった。そう、ぼくの場合は…。
 ぼくの場合は…。
 あれ?「ぼくの場合は」と書いたものの大学時代に試験を受けた記憶がまったく思い出せない。ぼくは大学で試験を受けたことがあるのだろうか?ぼくの通っていた大学は実技を学ぶ意味合いが強いので専門科目の多くが成果物で評価された。過程の努力なんて意味はなく、成果物の質が全てという実力主義の世界だった。
 実技の専門科目が中心だったが、大学なので一般教養科目だってあった。英語や自然科学、数学、民俗学、古典芸能などの授業はよく覚えている。
 レポートは、たくさん書いた記憶がある。一般教養科目の多くがレポートだった。同じことを言い方を変えて何度も書いて字数を水増ししたほぼ水みたいな中身のないレポートは、すべからくひどい評価となった。自業自得の低評価とは言え、水増ししなければならないような科目のレポートほど苦戦していたので悔しかったのを覚えている。
 ところが、試験に関しては何も思い出せない。数学すらレポートだった。フラクタル図形について書いたのを覚えている。英語のレポートは記憶にない。語学はさすがに試験だったはず。でも、なにも覚えていない。
 優秀なぼくは、試験など何の苦もなく突破していたので何も覚えていないのだろうか?それとも記憶から完全抹消したいぐらいに人生の汚点となっているのだろうか?
 なぜこんなに試験を思い出せないのだろう?ぼくは本当に大学へ通っていたのだろうかと不安になる。