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開き直りのカワイイ系

by 唐草 [2019/11/02]



 成りたい自分と現実の自分の間に埋めることのできない大きな隔たりが存在することがある。隔たりには様々なものがある。例えば、お金持ちを夢見て起業するものの経営の才がなかったとか、有名人になりたくてYouTuberデビューを果たすも誰も見てくれないといった感じだ。現実とは、残酷なものである。
 今日取り上げたい隔たりは、こういう夢と第三者からの評価の隔たりではない。むしろその逆で、自分の容姿や表現方法など広義に「スタイル」と呼ぶものの隔たりである。
 知り合いに身長170cmを超える女性がいる(彼女はぼくより背が高い)。彼女の装いは高身長を活かしたスタイルが多く、スキニージーンズなんかをシャープに履きこなしている。見るからにスポーツとかしていそうなアクティブなお姉さんという雰囲気がある。自分の外見を理解して適切なファッションを選んでいるように見える。
 でも、ぼくは知っている。彼女が使っていたオンラインゲームのアバターは、現実のシャープな姿とは180度異なる小さくて丸っこいカワイイ系全開のキャラだったことを。
 きっと内面はカワイイ系に違いない。でも、彼女のカワイイの基準と170㎝超の自分が合致していないのだろう。
 珍しく他人のことを書いたが、ぼくも理想と現実の差に悩んだことがある。
 それは、デザインを学ぶ一介の学生だったはるか昔のことだ。ぼくはクールでシャープでシンプルでモダンな作品を世に送り出したいともがいていた。でも、満足いくものはほとんど作れていなかった。才能あふれる同級生の作品に打ちのめされるばかりだった。
 ぼくの絵の描き方は、境界線を極力排して図形を単純化していく。塗りもベタ塗りが基本だ。そのスタイルは時に稚拙に見える。その緩さが見るものにカワイイという感想を抱かせるようだった。シンプルでクールな作品を作ろうとしているのに、出来上がったものはカワイイと評価されてしまうのだ。このギャップに苦しんでいた。
 ある時を境にぼくは吹っ切れた。クールな絵を描ける連中は、カワイイ絵を描くことは苦手だという事実に気が付いたからだ。
 それ以来、ぼくは自分の幻影の中にいる理想像を追うのを止めた。自分のスタイルを理解して、それを活かす方法を模索するように変わっていった。なにも媚びるようなサンリオ的可愛さにシフトしたのではない。ぼくがカッコいいと思うものを作れば、カワイイと喜んでくれる人がいるという事実を素直に受け入れたのだ。
 自分のスタイルを受け入れた今のぼくにとって「カワイイ」は最上の誉め言葉。
 
補足
 今日の画像は数年前に作ったドラクエ缶バッジのひとつ。落ち着いた和紋風を目指すがカワイイと評判だった。