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旬を味わう

by 唐草 [2023/04/04]



 春らしくタケノコご飯を炊いた。庭に植わっている山椒から摘んだ木の芽をそっと載せれば完成だ。一口頬張れば、筍のかすかなえぐ味と山椒の香りが口いっぱいに広がり鼻へと抜けていく。これぞ春の旬だ。
 旬のものを食べたとやや自慢げに語ってはみたものの、ぼくの取った方法を考えると果たして本当に旬のものを食べたと言えるのか疑問が残る。
 タケノコご飯を炊いたと言っても、その方法はお手軽だ。この春に採れた筍の皮を向き、可食部だけになった筍の小ささに驚く。そして、アク抜き用に米の研ぎ汁を用意しようとするも、我が家は無洗米なので米の研ぎ汁がないことに気づき頭を抱える。なんてこととは無縁の手軽さ。
 レトルトのタケノコご飯の素を使って炊いただけ。これならいつも通り炊飯器に米を入れた後に、何も考えずにアルミパウチの中身を加えるだけ。筍の下準備もいらないし、調味料を計る必要すらない。無洗米でも問題なしだ。こういう便利なものがあるので、ぼくのように料理に不慣れな人間でもさまざまな食物を楽しめる。本当にありがたい。
 どんな方法で作ろうともタケノコご飯は、タケノコご飯だ。それなのにぼくが旬のものと自信を持って言えないのはレトルトパウチの堅牢さにある。
 今回使ったタケノコご飯の素は、昨年の春に購入して使わずじまいだったものなのだ。賞味期限は2023年8月なので問題はない。実際に食べても1年パックされたと感じる要素は何もなかった。
 この事実だけで去年の筍を食べたと言うのは早合点。去年の春に売られていたタケノコご飯の素には、同じ年に採れた筍が入っているとは思えない。おそらくパックされた春の前年に収穫されて、水煮で保存されていた更に1年前の筍を使っていることだろう。
 つまり、ぼくは一昨年の春に採れた筍を食べた可能性が極めて高い。
 食品科学の進歩は、もはやちょっとしたタイムカプセル。そんな現代科学をふんだんに利用した一昨年の筍を使ったタケノコご飯を春に食べたことを「旬のものを食べた」と言っていいのだろうか?
 美味しかったけれど、なにか違うような気がする。