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憧れから現実へ

by 唐草 [2022/09/12]



 自室のワークチェアのクッションはボロボロだ。座面のウレタンはペチャンコに潰れているし、カバーも裂けている。機能的にも見た目的にも限界は、とっくに超えている。
 だから、数年前から新しい椅子を買おうと画策してきた。そして、どうせ買うなら良いものを狙おうと身の丈を無視して考えてしまったのが沼の入り口だった。5万円の椅子より10万円の椅子のほうが良さそうに見えるし、20万円の椅子はもっとよく見える。
 職場で定価20万円のアーロンチェアを使う機会に恵まれた。評判の良い椅子は、その名と値段に恥じぬ座り心地で、姿勢の悪さに起因する腰痛も緩和した。
 以来、ずっとアーロンチェアに取り憑かれていた。絶対にアーロンチェアをゲットする。そう心に誓っていた。ただ、定価20万円の椅子は手軽に買える代物ではない。なかなか踏ん切りがつかないまま時間だけが流れていく。その間にも、自室の椅子はどんどんボロボロになっていった。
 去年ぐらいから新品を諦め、中古に狙いを定めていた。丈夫な椅子なので中古で購入しても問題ないだろう。しかし、その丈夫さ故に中古でも高いのが難点でもあった。狙っているモデルはなかなか中古市場に出回らない。出ても、即売れているようで買う機会にすら巡り会えないでいた。
 その間にもアーロンチェアへの憧れは募っていくばかり。ついには、自室に設置した妄想を始めていた。
 図らずもこの妄想が、ぼくを現実へと引き戻す結果につながるとは思ってもいなかった。
 職場で使っていることもあり、アーロンチェアのサイズは体で理解している。その寸法を思い描いて空想の椅子に腰掛けているときに気づいてしまった。
 アーロンチェアって、ぼくの部屋には大きすぎないか?
 今までアーロンチェアに腰掛けている自分しか想像していなかった。しかし、ぼくが座っていないときにも椅子は存在する。その様子を想像すると黒く大きな背もたれに圧倒されそうだった。
 アーロンチェアを買えば作業は快適になる。でも、圧迫感が凄まじそう。窮屈な部屋に無駄に良い椅子があるのはアンバランスでカッコ悪い。それに気づいたら百年の恋も冷めた。